「まるで美術館のような伝統あるホテル」

 一人旅で栃木県日光市の歴史ある日光金谷ホテルに宿泊した。以前から憧れていた日本最古のクラシックホテル。ここで過ごす時間がどんなものになるのか、胸が高鳴る。日光駅からシャトルバスに乗り、窓の外を流れる景色をぼんやり眺めながらホテルへ向かった。門構えが見えてくると、歴史の重みを感じる佇まいに思わず息を呑む。フロントでチェックインを済ませると、スタッフが柔らかい笑顔で迎えてくれた。お洒落な回転扉を抜けた瞬間、まるで異世界へと足を踏み入れたような感覚に包まれる。

広がるのは、まるで美術館のような空間だった。磨き込まれた木の床に足音が心地よく響き、柔らかなシャンデリアの光が壁に飾られた絵画や彫刻をやさしく照らしている。アンティークの調度品が並ぶ廊下を歩くと、時間の流れがゆっくりと遡るような錯覚を覚える。目を向けるたびに異なる表情を見せるステンドグラス、細やかな彫刻が施された柱、そして歴代の宿泊者たちが残したであろう歴史の痕跡。どこを見てもため息が出るほど美しく、気づけばじっくりと作品を眺めながら歩いていた。ここはただのホテルではない。歴史と芸術が溶け合った空間そのものが、一つの壮大な展示品のように感じられた。

特に印象的だったのは、メインダイニングに飾られた「迦陵頻伽(かりょうびんが)」の木彫だった。会津小荒井の名工、吉田仙十良による作品で、ケヤキに岩絵の具で彩色が施されたこの彫刻は、見る者を幻想の世界へ誘う。上半身は美しい女性、下半身は鳥の姿をしたこの幻想的な存在は、極楽浄土で美しい声を響かせるとされる。照明の加減によって異なる表情を見せ、どの角度から見てもその優雅な姿に魅了される。また、玄関回転扉の上には三つ爪の龍が力強く睨みを利かせ、食堂の欄間には繊細な彫刻が施されている。これらの装飾は、ただの飾りではなく、金谷ホテルの歴史と美意識を象徴するものだった。

宿泊した部屋は、まさにクラシックホテルの趣そのもの。アンティーク家具が並び、レトロな装飾が施された空間は、まるで昭和の映画のワンシーンのようだった。大きな窓からは日光の豊かな自然が広がり、時折吹き込む風がカーテンを揺らしている。部屋をじっくり眺めながら、この場所が積み重ねてきた時間に思いを馳せた。

「自慢の伝統の料理」

夕食の時間が近づき、ホテル内のレストランへ向かう。クラシックな雰囲気に包まれたダイニングルームは、優雅でありながら落ち着いた空間だった。まず運ばれてきたのは「本日のポタージュ」。この日はかぼちゃのポタージュで、スプーンを口に運ぶとほのかな甘みと優しい口当たりが広がった。シンプルながらも奥深い味わい。続いて供されたのは、金谷ホテル名物の「虹鱒のムニエル」。カリッと香ばしく焼かれた皮の下には、ふんわりとした身が隠れている。一口食べると、バターの風味が口いっぱいに広がった。さらに印象的だったのは、料理を引き立てる陶器の美しさ。どの皿も繊細な装飾が施され、食事そのものがまるでアートのように感じられた。最後に運ばれてきたデザートは、濃厚なチーズケーキ。甘すぎず、コーヒーとの相性も抜群だった。ゆったりとした時間の中で、贅沢なひとときを味わった。

「贅沢な貸切風呂」

 夕食の後、貸切風呂を利用することにした。なんと無料で貸切にできるらしい。木の香りが漂う静かな空間に、湯気がほのかに立ち上る。湯に浸かると、旅の疲れがじんわりと癒されていく。湯加減は絶妙で、体の芯から温まる感覚が心地よい。窓の外には夜の静けさに包まれた庭が広がり、虫の声が微かに響いていた。誰にも邪魔されることのないこの時間が、何よりの贅沢に感じられた。湯上がりに冷たい水を一杯飲み、ふわりとした気持ちで部屋へ戻る。ベッドに横たわると、心地よい疲れとともに深い眠りへと落ちていった。

「夜明けのチェックアウト」

翌朝、朝食をいただくために再びレストランへ。ふわふわのオムレツに、バターの香るクロワッサン。手作りのジャムが添えられたパンは、噛むたびに小麦の甘みが広がる。窓際の席に座り、朝の光を浴びながらの朝食は、静かで心落ち着く時間だった。

食後は、日光東照宮へと足を運んだ。長い参道を歩きながら、目の前に広がる荘厳な建築に圧倒される。細部までこだわり抜かれた彫刻、色彩豊かな装飾の数々。それらをじっくりと眺めながら、日本の職人技の素晴らしさを改めて実感した。その後、華厳の滝へも足を延ばした。落差97メートルの滝は、轟音とともに水しぶきを上げ、その迫力に思わず息を呑んだ。壮大な自然を目の前にすると普段の日常の喧噪から離れ心身が洗われるような感覚に陥る。この感覚がたまらないのだ。

ホテルに戻り、静かなロビーで少し休憩。ふと周りを見渡すと、ドレスを着た新郎新婦が写真を撮っていた。そういえば、このホテルは結婚式の会場としても人気があると聞いたことがある。一人旅の自分には、そのロマンチックな空気が少し寂しくも感じられた。華やかな雰囲気の中、私は一人。そんな瞬間に、ほんの少しだけ孤独を感じる。それでも、この歴史あるホテルで過ごす時間は、一人だからこそ味わえたものだとも思う。いや強がりではない。別に寂しくなんかない。ただ一瞬現実に戻された感覚になっただけだ。せっかくの一人旅なのだ。この気持ちは忘れよう。

旅の終わりが近づくと、もう少しここにいたいという気持ちが湧いてきた。日光金谷ホテルは、ただ泊まるだけの場所ではなく、時間をかけてその空間を味わう場所だ。また来たい。こころからそう思う。ひとりで来るのもいいが次は誰かと来るのもいいかもしれない。そんなことを考えながら、私はゆっくりとホテルを後にした。

日光金谷ホテルは、一人旅でも特別な時間を味わえる場所だった。もちろん大切なパートナーと来てここで式を挙げたいね。なんて会話も生まれるような素敵な場所だ。歴史と美術に包まれた空間で、贅沢なひとときを過ごしてみてほしい。クラシックホテルの魅力を存分に楽しめるので、おススメしたい宿のひとつだ。