「冬と言えば北海道」

 冬といえば北海道。北海道といえばニセコ。寒さが厳しくなるほどに、無性にあの静寂と白銀の世界に強く惹かれる。ふわりと降り積もる雪、澄んだ空気、そして静けさに包まれた温泉宿。そのすべてを求めて、私は一人、しっぽりと「坐忘林」に泊まりに行った。都会の喧騒から離れ、心を空っぽにする時間が欲しかった。冬の旅は、ただ寒さをしのぐものではなく、心を研ぎ澄ませるためのもの。そんな思いを胸に、私はニセコへと向かった

 新千歳空港から車で2時間弱。ニセコの山々に抱かれるようにして、ひっそりと佇む宿、それが「坐忘林」だ。ここは全室に源泉掛け流しの露天風呂がついているという贅沢な宿。都会の喧騒から離れ、ひたすらに静寂を味わいたい私にぴったりだった。

「美しき白銀」

到着すると、外は一面の銀世界。車を降りた瞬間、ふわっと雪の匂いがした。キュッ、キュッと音を立てる雪を踏みしめながら玄関へ向かう。館内に入ると、暖炉の炎が優しく揺れ、木の香りが漂っていた。チェックインを済ませ、案内された部屋はまさに静謐そのもの。日本旅館の伝統と現代的な快適さが融合する空間だ。白樺の原生林の香りを吸い、葉擦れの音、水のせせらぎに耳を傾けながら、心ゆくまで温泉を堪能できる。

客室は和室と洋室の2種類があったが、当然和室を選択。世界有数の豪雪地であるこの地にふさわしく、それぞれの客室には異なる雪の結晶の名前がつけられていた。広々としたリビングルームに快適な布団が準備された畳敷きの寝室。求めていた理想の和室がここにあった。大きな窓からは、雄大な山々と白樺林の景色が広がり、まるで絵画のような美しさだった。

自然の静寂に包まれた隠れ家で、心がすっと軽くなるような上質なくつろぎのひととき。窓越しに見えるしんしんと降る雪は、まるで水墨画の世界に入り込んだようだった。

到着して早々にさっそく露天風呂へ。長距離移動の疲れがどっと押し寄せていたが、湯気が立ちのぼる温泉に足を入れた瞬間、その疲れがふわりとほどけていくのを感じた。じんわりと身体の芯まで温まり、緊張していた肩が自然と落ちていく。雪景色を眺めながら、湯に浸かる贅沢。手を伸ばせば、ふわりと降り積もる雪が手のひらで溶けていく。この瞬間、時間の流れがすっと緩やかになり、旅の始まりをようやく実感した。

「広大な大地の旬の食材」

夕食はオリジナルの北懐石料理。北海道の旬の食材をふんだんに使った料理は、どれも絶品だった。特に印象に残ったのは、毛ガニの出汁がしっかり効いた椀物と、炭火で焼かれたエゾ鹿のロースト。シンプルながらも、素材の旨みが最大限に引き出されていた。力強い北の大地と海の恵みが口の中に広がる荒々しくも優しい味だ。北海道ということもあるのだろうがいつも以上に食への感謝がこみ上げてくる。さらに、プライベートな囲炉裏部屋で楽しむ炉端焼きも格別だった。目の前で丁寧に焼かれる魚介や野菜は、香ばしさとともに素材の旨みが際立つ逸品。炭火の暖かさに包まれながら、日本酒を片手にじっくり味わった。日本酒も豊富に揃っており、スタッフの方が私の好みに合うものを丁寧に選んでくれた。「一人旅でも、こういう時間を持つのはいいものだな」としみじみ思った。「ご馳走様でした」私は無意識に姿勢を正し丁寧に手を合わせていた。

 

「冬の風が気持ちい露天」

食後、また露天風呂へ。外に出ると、肌を刺すような冷気が頬を撫で、一瞬身震いする。湯に浸かると、その冷たさがじんわりと溶けていき、心まで温かくなるのを感じた。仰ぎ見ると、凍てつく空に瞬く星々がまるで無音の音楽のように輝いている。しんと静まり返った夜の森。その静寂の中に、遠くで風が木々を揺らす音だけが響く。雪がふわりと湯面に落ち、瞬く間に消えていくのを眺めながら、あぁ、これが「何もしない贅沢」かと、胸の奥が満たされていく。心も体もすっかり解きほぐされ、ただこの瞬間に身を委ねる幸福を噛みしめた。

「夜明けのチェックアウト」

翌朝、目が覚めると、昨晩よりもさらに雪が積もっていた。朝食はお重に美しく盛り付けられた和食。焼き魚、出汁巻き卵、北海道産のお米。「いただきます」湯気が立ちのぼる味噌汁を一口すすると、体の芯までじんわりと温まり、ほっと息をつく。どれも丁寧に作られていて、一つひとつ噛み締めるように味わった。

これぞ日本の朝食。繊細な味わいの中に、出汁の深みや食材の優しさがしっかりと感じられる。日本に生まれたことを心から感謝し、思わず涙がこぼれそうになるほど感激した。この美しさと温かさが、朝の静寂とともに、胸の奥深くに染み渡っていくのを感じた。心からこの一言を「ご馳走さまでした」

チェックアウトの時間が近づくと、いつも名残惜しさが募る。でも、またいつか、この静寂に包まれに来ようと思う。「坐忘林」は、まさに心をリセットするための宿だった。

一人旅だからこそ味わえる、静かな贅沢。冬のニセコで、私はしっぽりと、ただ時の流れに身を任せる幸せを噛み締めた。

寒さが嫌い、冬が苦手な方こそ、むしろ冬に旅行へ行ってみて欲しい。美しい景色と温かいご飯を食べればこれもまた風情であると考えを改めさせられるに違いない。ぜひ、「坐忘林」へ。