「博多の街並み」
博多に一人旅に行くと決めた。美味しいものを食べ、風情ある街並みを歩き、心の赴くままに過ごしたい。そんな思いを胸に、新幹線に乗り込んだ。
博多の街は活気にあふれ、どこを歩いても心が躍る。人々の笑顔が行き交い、屋台の湯気が夜空に溶ける。街の片隅にふと目を向ければ、通り過ぎる女性たちの艶やかな姿に、つい見惚れてしまう。「これが噂の博多美人か……」と、意味もなく心が浮き立つ。
まず向かったのは「櫛田神社」。博多祇園山笠の舞台となるこの神社は、歴史と風格を感じさせる。朱塗りの楼門をくぐると、静寂と厳かさが支配する世界が広がる。境内の奥深くまで歩み、旅の安全をそっと祈った。
次に訪れたのは「川端通商店街」。昭和の息吹が今なお漂うアーケードには、香ばしい香りを放つ老舗が立ち並ぶ。ふと足を止め、焼きたての明太フランスを購入。サクッと噛めば、ピリリと辛みの効いた明太子の旨味がじゅわっと広がる。博多の風を頬に感じながら、一歩、また一歩とこの街を味わう。
ランチは「博多ラーメン」と決めていた。中洲の細い路地にひっそりと佇む老舗を見つけ、吸い込まれるように暖簾をくぐる。店内は活気に満ち、豚骨スープの香りが鼻腔をくすぐる。カウンターに座り、注文したラーメンが目の前に置かれる。クリーミーなスープに浮かぶ極細麺を箸で持ち上げ、一気にすすり込む。口いっぱいに広がるコク深い味わいに、思わず目を閉じた。体の芯まで染み渡る至福の一杯。これこそが、博多の味だ。
午後は「大濠公園」へ。広大な湖を囲む遊歩道を歩くと、都会の喧騒が嘘のように消えていく。静かに水面を滑る鴨、遠くに佇む福岡城跡。時折、ジョギングする人とすれ違いながら、ゆったりと歩を進める。風が吹き抜け、木々のざわめきが心地よい。旅の途中で、こうして穏やかな時間を持てるのも、一人旅の醍醐味だ。
「心休まる和室」
博多を存分に満喫した後、私が向かったのは「亀の井ホテル 柳川」。水郷の街・柳川に佇むこの宿は、まるで異世界への扉を開くような感覚をもたらしてくれる。
チェックインを済ませ、部屋へ向かう。障子を開けると、目の前には穏やかに流れる柳川の水路。小舟がゆっくりと進み、船頭の唄が静かに響く。窓を開けると、涼やかな風が頬を撫でる。旅の疲れが、川面に溶けていくような心地がする。
「厳かな露天風呂」
そして、お待ちかねの温泉へ。広々とした大浴場に足を踏み入れた瞬間、立ち昇る湯気がまるで柔らかなヴェールのように私を包み込む。湯に身を沈めれば、じんわりと体の芯まで温まり、まるで時の流れが穏やかな波に溶けていくかのようだ。
外に目を向けると、そこには四季折々の表情を見せる日本庭園が広がる。月明かりが水面を撫で、風にそよぐ柳が静かに影を揺らす。その幻想的な風景を眺めながら、ふと深呼吸をすると、夜の澄んだ空気が肺の奥まで染み渡る。
さらに、展望大浴場へと足を運ぶ。そこから見下ろせば、ゆったりと川を滑るどんこ舟。船頭の唄が微かに届き、柳川の街並みがぼんやりと浮かび上がる。その光景はまるで一幅の絵画のようで、私はただただ湯に身を預け、心ゆくまでこの至福の時間に身を浸す。
湯煙の向こうには、淡く揺れる灯篭の光。厳かで静寂に包まれた空間の中、温泉の温もりと夜風の涼やかさが交差する瞬間、全ての感覚が研ぎ澄まされる。柳川の夜は、なんて優しく、そして美しいのだろう。
「柳川の鰻」
楽しみにしていた夕食の時間。亀の井ホテル自慢の会席料理が、次々と運ばれてくる。名物「鰻のせいろ蒸し」は、湯気とともに立ち昇る甘辛いタレの香りがたまらない。箸を入れると、ふっくらとした鰻がほろりとほどける。口に入れた瞬間、舌の上でとろけるような食感と濃厚な旨みが広がる。
さらに、柳川ならではの味覚「くつぞこ(シタビラメ)の煮付け」も単品で購入。姿かたちが靴底のように見えることからその名がついたというこの魚は、地元・有明地方の定番料理だ。丁寧に炊き上げられた身はふっくらとしていて、甘辛い煮汁がしっかり染み込んでいる。箸を入れるとほろりと崩れ、口に運べばじんわりと広がる上品な旨み。柳川の風土が生んだ、まさに滋味深い一品だ。
地元の新鮮な魚介を使ったお造りや、旬の食材を活かした炊き合わせ。どれもが洗練された味わいで、心まで満たされる。地酒を傾けながら、ゆっくりとこの贅沢なひとときを楽しむ。
食後、ふたたび温泉へ。夜の帳が降りた露天風呂は、昼間とはまた違う趣を見せる。湯煙の向こうに、ぼんやりと灯る行灯の明かり。静かに流れる川の音を聞きながら、じんわりと湯に浸かる。贅沢とは、こういう時間のことを言うのだろう。
「夜明けのチェックアウト」
夜が明ける頃、静かに目を覚ます。窓の外には、朝焼けに染まる柳川の風景。川面が淡い金色に輝き、小舟がゆっくりと進む。朝の光を浴びながら、私はこの旅の余韻に浸る。新しい一日の始まりとともに、心に刻まれたこの旅路を、そっと胸に抱いて帰路につくのだった。