【年の瀬の一人旅】

 年の瀬が迫る頃、一年を締めくくる旅をしたいと思った。都会の喧騒から離れ、静けさの中で今年を振り返り、心を整えたかった。軽井沢の澄んだ空気と、冬ならではの静寂が、その願いを叶えてくれる気がした。そうして、わざわざ車を用意し、ひとり軽井沢ホテルブレストンコートへと向かった。

車を走らせるにつれ、景色は徐々に冬の装いを深めていく。白く染まった木々が並び、冷たい空気が車窓から忍び込んできた。ホテルに到着すると、外観は少し古びた印象だったが、それがむしろ趣を感じさせる。足を踏み入れた瞬間、全く別の世界が広がっていた。暖かく整えられた空間、優しく香る紅茶の匂い。部屋の中にはガラスポッドにセットされた紅茶が用意されており、柔らかな湯気が寒さでこわばった心をほぐしてくれた。見た目だけで判断してはいけない——そんな思いがふと胸に浮かんだ。

【冬の自然の体験】

日中はスケートリンクへ向かった。氷上に立つと、足元から伝わる冷たさに身が引き締まる。最初は慎重に滑り出したものの、次第に子供の頃の感覚が蘇り、気づけば年甲斐もなくはしゃいでいた。氷を削る音、風を切る感覚、頬をかすめる冷気が心地よく、何度も何度もリンクを回った。転びそうになっても、それすらも楽しく、笑いがこみ上げてくる。冬の寒さを存分に感じながら、今この瞬間に没頭する幸せを味わった。

スケートの後は、静かな森へ足を運び、野鳥のネイチャーウォッチングを楽しんだ。凛とした空気の中、木々の間を縫うように飛び交う小鳥たち。耳を澄ませば、かすかに羽音が聞こえてくる。時折、遠くから響くキツツキのドラミングが、森の静寂を引き締める。

ふと目をやると、木に掲げられた「ムササビ注意」の標識が目に入った。初めて目にする標識に驚きつつ、インストラクターに尋ねてみると、ムササビは想像以上に大きく、「空飛ぶ座布団」とも呼ばれることを教えてくれた。夜行性のため昼間はその姿を見られないが、夜の森では木々の間を滑空する姿が見られるという。その話を聞きながら、暗闇の中を静かに舞うムササビの姿を想像すると、森の奥深さと神秘にますます惹かれる気がした。夜行性のため姿を見ることは叶わなかったが、その存在を想像するだけで、未知の世界を垣間見たようなワクワク感が込み上げてきた。軽井沢の森は、見えない生き物たちの気配に満ちている——そう思うと、森の奥深さが一層神秘的に感じられた。

【自然の神秘を宿した教会】

ホテル併設の軽井沢高原教会にも立ち寄った。柔らかな灯りに照らされた木造の礼拝堂は、まるで森の中に静かに佇む聖域のようだった。扉を開けると、木の香りがふんわりと漂い、穏やかな祈りの空気が満ちている。高い天井に響くかすかな足音さえも、神聖な空間の一部のように感じられた。ここは結婚式にも使われる場所だという。この厳かで幻想的な雰囲気の中で誓いを交わす人々は、どれほど幸福な気持ちに包まれるのだろう。ひとりで訪れたせいか、どこか寂しさも覚えたが、それ以上に、静けさと美しさに心を奪われた。

【最高のフレンチに舌鼓】

 ディナーはシェフこだわりのフレンチコース。フランス料理らしさを大切にしながらも現代の感性を取り入れた一皿一皿が並んだ。

まずは、信州の新鮮な野菜を使った温野菜のサラダ。アスパラガスやグリーンピース、ハーブが彩り豊かに盛り付けられ、冬の寒さを忘れさせるような瑞々しさだった。続いて、本日のポタージュはかぼちゃのスープ。口に含むと優しい甘さとほのかなスパイスの香りが広がる。

特に印象的だったのが、シェフ特製の鶏肉料理。低温調理でしっとり仕上げられた鶏肉に、濃厚なナッツソースが添えられ、一口ごとに深みのある味わいを楽しめる。

さらに、牛フィレ肉と骨付きラムのローストも絶品だった。ジューシーな肉質と、香ばしい焼き加減が絶妙で、フレンチの技法の真髄を感じさせる。デザートには軽井沢の新鮮なミルクを使ったクレームブリュレ。表面のキャラメリゼをスプーンで割ると、とろりとしたクリームが現れ、甘さとほろ苦さのバランスが完璧だった。

 

食後は「トンボの湯」へ。露天風呂に足を踏み入れた瞬間、湯の温もりが凍える体を優しく包み込んだ。冬の夜空には星が瞬き、湯気とともに立ち昇るその光景は、まるで夢の中のようだった。熱がじんわりと体に染み込むにつれ、心の奥深くまでほぐれていく。冷たい冬の空気と湯の温かさ、そのコントラストが心に深く刻まれる。

風呂上がりには「よなよなエール」を一杯。湯で温まった体に、ひんやりとしたビールの冷たさが心地よく、喉を通るたびにほっと息をつく。

【夜明けのチェックアウト】

翌朝は朝食をとらずに、夜明けのチェックアウト。最後までこの場所で過ごしたかったが、それは帰りにどうしても寄りたい場所があったからだ。外に出ると、刺すような冷気が肌を突き刺し、思わず肩をすくめる。寒さに体を震わせながらも、ホテルの佇まいを目に焼き付けるように見つめた。

車を走らせ、目指したのは「雲場池」。静まり返った冬の湖面に、淡い朝の光が差し込み、木々の影がゆらゆらと映り込んでいる。水鳥がそっと波紋を広げるたびに、まるで時がゆっくりと流れているように感じられた。今年最後の一人旅、その終わりをここで迎えることに、ふさわしさを覚えた。そして、もう一度深呼吸をして、車のエンジンをかける。軽井沢を後にし、次の一年へと思いを馳せながら。

この旅は、冬の静寂を味わい、心を整える贅沢なひとときを与えてくれる。年の終わりに、自分自身と向き合う時間を持ちたい人には、ぜひおすすめしたい旅だった。